今日、テレビでボルネオの
オランウータン の特集を見た。
パーム油のプランテーションが広がり、
森が失われているという話だった。
その映像を見た瞬間、
30代の頃に向かった旅を思い出した。
マレーシアのポンポン島へダイビングに向かう途中。
経由地のクアラルンプールからタワウへ。
飛行機の窓の下には、どこまでも規則的に並ぶパームヤシの木。
美しいはずの緑が、なぜか胸をざわつかせた。
森が、ない。
車でセンポルナ港へ向かう道も同じだった。
延々と続くプランテーション。
均一な緑。
自然の濃淡ではない、人工的な整列。
出発前日に読んだ記事には、
オランウータン の生息地が失われているとあった。
その言葉と目の前の景色が重なった瞬間、
胸の奥が締めつけられた。
港では、裸の子どもたちが掘っ立て小屋から海へ飛び込む。
釣りをしている人。海水で洗濯をしている人。
小さな古びた木の船に身を寄せ合い、海の上で暮らす人々。
私は、彼らにどのように映っていたのだろう。
観光客を見つめる、まっすぐで鋭い瞳。
怖かった。
でもそれ以上に、目をそらしてはいけない気がした。
このあと私は、透明な海へ向かう。
楽園と呼ばれる島へ。
その対比に、心が追いつかなかった。
あのとき、「何かしなければいけない」と本気で思った。
自分一人では何もできないかもしれない。
それでも、あの違和感だけは正しかった。
今もそう思っている。




